ホワイトツリーの物語・沿革

ホワイトツリーの物語・沿革

Our Story

ホワイトツリーは、「旅のチカラで地域を元気にする」という想いから始まりました。

創業以来、私たちは小樽という地域に深く根ざし、プライベートガイド・アウトドアガイド・地域コーディネーターとして活動してきました。しかし、私たちはただ「案内する」だけでは満足しませんでした。もっと深い価値を創造したい。もっと人々の人生に影響を与えたい。もっと地域の未来に貢献したい。

その想いが、ウェルネスツーリズムへの展開と、次世代の人材育成・地域プロデュースという新たなステージへと導きました。

専門学校や大学との教育連携を通じて、私たちは「種を蒔く人」になります。小樽を愛し、自分で価値を創造できる若者たちを育て、彼らが地域の未来を照らす光になる——それが、ホワイトツリーの新しい使命です。根を張り、幹を太くし、枝葉を広げるように、私たちはこれからも小樽と共に、力強く成長し続けます。


沿革・略歴

History

モーグルの北海道選抜選手としてスキーに専念

1978年札幌生まれ、札幌育ち。
札幌西高卒、小樽商科大学社会情報学科卒。

学生時代(中学〜大学2年生)はモーグルの北海道選抜選手としてスキーに専念するが、腰の怪我をきっかけにスキーを引退。

2001年の映像なので画質が悪いです(涙)こちらの映像は、中学生時代に何度も見た「ジャンリュックの動画」のオマージュ作品です。
※ジャン=リュック・ブラッサール(Jean-Luc Brassard、1972年8月24日 – )は、カナダのケベック州バリーフィールド出身のモーグルスキーヤー

バックパック旅行中の様子。上海の旧市街にて

2000年12月〜
日本ヒッチハイク旅行を3度する

大学時代に日本ヒッチハイク旅行を3度する。
また2年休学し、富山県の立山でリゾートバイトをしてお金を貯めて、韓国からトルコまでアジア横断バックパック旅行をする。

2000年〜2001年の旅については、ポッドキャスト番組で配信しております。

ポッドキャスト番組:マーシーの旅な話

ダハブでのダイビングガイド時代

大学卒業後
エジプトに渡りダイビングガイドとして勤務

キロロリゾートでリゾートバイトをして、エジプトに渡りビーチリゾートのダハブで半年間ダイビングガイドとして勤務(PADIダイブマスターを取得)。

その後首都カイロへ移動し、エジプト法人の旅行代理店EGYTRAVの日本人セクションでランドオペレーターとして勤務。

ウィンケル勤務時、小樽観光協会のプロモーションで香港のエージェントを訪問

2008年
株式会社ウィンケルに入社し宿泊業界に携わる

2008年株式会社ウィンケルに入社し宿泊業界に従事、主にウェブ、広告、インバウンド事業を担当。

トミカのお店の前で現地スタッフと

2014年
日本ファシリティに入社し、マレーシア現地法人の取締役就任

現地スタッフのマネジメント、ショッピングモールのマネジメントチームとの折衝、玩具店(トミカ)とアンテナショップの店長業務、日本から商品の仕入れを担当。

2018年12月
2018年2月に帰国・日本ファシリティ退社し、同年12月にホワイトツリー創業

コロナ前は北海道に来られた外国人観光客のプライベートガイドとして、たくさんのお客様をおもてなしする。


ポッドキャスト

Podcast

2001年にバックパック旅行で韓国からトルコまでアジア横断の旅をした時の記録をもとに、旅の記憶や出会い、当時の空気感をお届けするポッドキャスト「マーシーの旅な話」を配信しています。

Podcast|ポッドキャスト

2001年にバックパック旅行で韓国からトルコまでアジア横断の旅をした時の記録をもとに、旅の記憶や出会い、当時の空気感をお届けするポッドキャスト「マーシーの旅な話」を配信しています。

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